大宇陀温泉あきののゆ

うだだより

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徒然日記inあきののゆ♨️

こんばんは。
先日、天皇の放送が心に沁みました。美しいお言葉だったです。

非常に珍しいケースだったと思うのですが、昭和天皇の玉音放送を思い出しました。広島、長崎の原爆投下の日が過ぎて、15日が近いせいか、温泉に入りながら、戦争について考えていました。

宇陀市にも戦争の爪痕が残っています。

▪️以下、抜粋
奈良県では珍しい空襲の悲劇の現場である。1945(昭和20)年7月24日午前9時過ぎ、空襲警報により室生口大野駅より榛原駅に向かう三両編成の近鉄電車が、榛原駅手前の小さな小川に架かる鉄橋付近で止まった(現在国道369号線と370号線が分岐するガードから、森田商店前方のガードまでの位置)キーンという爆音と共に、東方より襲来してきた二機のグラマンが急降下し、電車を目がけて機銃掃射を開始した。通勤や通学の時間帯と重なり、県内15件あった空襲の中で最大の死傷者を出す、いわゆる「榛原空襲」と呼ばれる惨事が起こった。電車の中は血の海、何人もの人が折り重なるように死んでいたという。また乗客の多くは、窓から6メートル下の地面に折り重なるように飛び降り、あたりの地面は血で真っ赤に染まり、まさに地獄絵の如く大惨事が行われていたそうだ。現在、その近鉄大阪線の高架の線路を支えるアバット(橋台)横には供養塔が建てられ、そこには「死者11人、負傷者27人」とあった。しかし地元の、その空襲を知る人の証言では「死者40数名、負傷者はその倍」に達していたとも言われている。

夏休みが近いせいか、あきののゆは賑やかな館内になっています。今一度、お湯や水を大事に使いたいと思います。年に一度くらいは、改めて考えてみようと思います。

▪️近代産業遺産アート再生学会活動報告ブログ
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